人との距離感が分からない・・・
人間関係が苦手だ。まず人に興味があまり湧かない。だからその人のことを知ろうと思わないから、話しかけることが少なくなる。
よって、会話もうまくならない。
それ以上にどのくらい踏み込んでいいのか、感覚が分からない。
だからプライベートなことに突っ込みすぎたり、距離を近づけようと、タメ口で話したりするが結果、嫌われることがある。
他にも高校生の時、相手を楽しませよう、笑わせようと、おちょくったり、相手をけなす方法を取っていた。結果、大学に入ってから急に疎遠になった。拒絶された、ってことだろう。
今まで、人との距離感って言葉さえも考えに浮かばなかった。おそらく普通の人は自然と感覚で分かるものなのだろう。
でも、自分には分からなかったりする。自分本位で無理やり距離を近づけようとする結果、相手との距離が離れてしまうのが疑問だった。
相手だって、踏み込んでもらいたくない領域がある。仲がいいならその領域も狭まるが、仲良くなる前に、いきなり土足で踏み込むような真似をしていることに、ようやく最近気が付いた。
遅い。遅すぎる。
でも、俺にとっては重要な気付き。
何故、その感覚が分からなかったんだろう。
結局は、幼少期の家庭に問題があるみたいだ。
うちの親は過干渉で、何でも意見を押し付ける。子供の自主性を育めないことも、土足で相手の領域を踏み荒らしていることも分からない。
そうやって生きてきた子供は親の感覚が当たり前になる。
でも、それはまわりの感覚とは違う。
それに気が付くのに36年かかった。
アダルトチルドレンは往々にして、当たり前の感覚が周りと違う。そしてそれが問題だとも思わない。
だから、人間関係でうまくいかなくても、ただ人と接するのが苦手だ、と認識し、会話を上手にしようとテクニックを学ぶ。
でも、いくらテクニックを学んだところで、相手の領域に土足で踏み込むのが変わるわけではない。
結果、人間関係がうまくいかない。
ただ何となく生き辛いな、ってざっくりした思いのみが残る。
自分はカウンセリングに3年も通って、ようやくこういう気付きを得る段階に来たようだ。
とっても長い道のりに感じる。
でもこの気付きを得たのは大きい。
次からは、相手の表情を見ながら、どの話題までがOKなのか判断すればいいって分かる。入り込みすぎたかなと思えば、少し距離を離し、また別の話題で試して、ちょっとずつ距離感をつかめばいい。
人間関係は苦手だ。
でも克服はしたい。
社会で生きる以上、人間関係は必ず発生するし、そして自分も社会適応が出来るような人間でいたい。
今でも一応組織で働いてはいるが、もっと生きやすい環境を作りたい。
それには人間関係のより良い構築が必須だなって思う。
人間関係が苦手だと、自分のやりたいことも制限ができてしまう。それは避けたい。人間関係の発生しない仕事で、かつ自分が興味あるもの、って条件だと、かなり難しいことになってしまう。
転職活動してても、自然と人間関係が多そうな仕事は避けてしまう。他にも色んな苦手部分があるんだけど、その結果、応募したいって思える会社が驚くほど少なくなってしまう。
自分の条件に全部合った会社を探すのではなく、自分も社会に合わせなければならない。
ありのままの自分でいいって人もいるが、俺はありのままではいたくないのだ。