「自分の人生を歩く」 日々徒然日記

「自分の人生を歩く」 日々徒然日記

行ってみた、やってみた、食べてみた、見てみたことを書き連ねるブログ。主にアニメ・マンガ・ゲーム・観光地・外食の感想中心

ゲームと共に歩んできた人生 その1

ゲームって面白い。こんなものがあるんだ、と感動したのは小学1年の頃。親戚のおじさんがファミコンを買ってくれたんだ。画面に映るスーパーマリオに夢中になり、時にやりすぎて、親に怒られ、手が届かない場所に隠されたことがあった。

 

時に親戚のおばちゃん家に持っていかれ、泣く泣くおばちゃん家まで行って、取り返してきたことがあった。その帰り、自転車に乗っていた中学生ぐらいの男性にファミコンを奪われそうになったこともある。大声で泣き叫び、必死に袋にしがみついていたら、逃げ出したけど。

 

色んなゲームを買ってもらったり、友達と貸し借りして、やりまくった。子供には難しい難易度のものばかり。ハイドライドスペシャルなんて、どこにいけばいいのか分からない。モンスターにあたるとすぐ死んでしまう虚弱体質の勇者に子供ながらムカついたものだ。

 

ドラえもんとか懐かしい。2Pのコントローラーにはマイクが付いていて、「ドラミちゃーん」って叫ぶとドラミちゃんがアイテム持ってきてくれたり、ジャイアンが仲間にいるときにマイクで叫ぶと、敵を倒してくれたり。

 

ドラゴンクエストも2から6までやった。2は小学生の頃だったけど、頑張って頑張って、ロンダルギアの洞窟まで行った。攻略本がない当時、落とし穴や無限ループにハマりながらも奇跡的に白い世界まで辿り着いた。

 

めちゃくちゃ感動してね、でも神父の近くにある、別の場所に移動する泉に入っちゃったんだよね。大パニック。見覚えある街に戻ってしまった。

 

今更ルーラを唱えても元には戻れない。再度洞窟に挑戦したけど、乗り越えることができず、何度も死亡。ムカついてムカついて、しばらくやらなかった。

 

初めてクリアしたRPGはドラクエ3だった。毎日丁寧にカセットに息をフーフー吹きかけ、慎重にファミコンへとセットする。たまにうまく噛みあわなくて、グラグラさせてしまったときの恐怖。

 

電源を入れるときに祈っていたら、やはり出てくる悪魔の音楽。セーブデータをコピーしといたから大丈夫、なんて思っていたら、全部消えやがったこともある。そんなシビアな世界に僕はいた。

 

チャイルズエストなんてゲームもあった。アイドルの分際で、もよおしてばかりで、最後の方は敵も強くてクリアを断念した。

 

小学生を卒業するまでの僕は自分がゲームできないと、友達や先輩の家にアポなしで突撃していた。なかなか家に入れてくれない友達の場合、玄関先から覗いていて、友達や母親が根負けして中に入れてくれる、というレベルのうざさを持っていた。

 

自分がやらなくても人がやっているのをただ見ているだけで楽しい。アポなしだし、こういう性格だったので断られることもあったが、臆することなく別の人の家におしかけていた。今思うとすごいメンタル。

 

中学になると、親がなけなし?の金でスーパーファミコンを買ってくれた。普通、マリオカートとか買うのに、シムシティに憧れ買ってしまった。

 

オツムの弱かった僕にシミュレーションゲームは難しい。犯罪が湧きおこり、大群の蟻が動いてるかのごとく、道路は渋滞しまくっている。2つの住宅地や商業地が合体されることもしらなかったし、公園の重要度なんて理解できなかった。カジノが稼げるから道路作りまくって、カジノを建てまくっていた。

 

空港と港が必要になってくる頃が鬼門で、銀行に借金しながら乗り越えたときはめちゃくちゃうれしかった。特に空港がきつかった。最終的にメトロポリスまでしか行かなかったけど。

 

ファイナルファンタジー6とか、マリオカートとか、ダビスタとかスーファミは名作が多かった。友達の家に泊まって、ファイヤープロレスリングをやり続けたり、凱旋門賞目指してダビスタずっとやってたり。あの頃は今でも楽しかった思い出がいっぱい。

 

ゲームで青春を謳歌していた頃であった。